2006年02月07日

たとえばこんな話

隣に並んだけれど、彼は前を向いたままだった。だから、私の好きな彼の横顔がしっかり見えた。
ニットキャップから覗く少し茶色い髪は、最初に会ったときより伸びていた。煙草を吸うときに片眉をあげる癖も、その煙草を持つ大きくて指のきれいな手も好きだった。そして、きれいな二重の目はまっすぐ前を見ていた。
彼の視線の先に広がる景色は暗くて大きくて、波に揺られてきらきら光る明かりは、湖の底まで届いているような気がした。

夜景、波の音、煙草、彼の横顔。
私の好きなものが揃って、目の前にある。うれしくなったけれど、すぐに何かが違うって分かった。何が違のうかははっきりと言葉にできないけれど。
「やっぱり冬は星だけじゃなくて夜景もきれいやね。」
彼は、私を見てちょっと笑った。でもやっぱり何も言わなくて、視線を前に戻してだいぶ短くなった煙草を吸った。
私ももう一度目の前に広がる夜景を見た。
広くて静かな湖にきらきら光る明かり。急に、この明かりは私たちのいる世界のものではないのかもしれないと思った。きらきらしているのは、湖の底からの明かりなのかもしれない。本当は、私たちのいる世界が水に映っている虚像なのかもしれなかった。

 遠くでどこかの犬が吠えて、その声がびっくりするぐらい響いた。波の音も絶えず聞こえる。
見える限り、私たち二人以外誰もいない。二人とも何も言わない。
手と足の先は冷たくなっていて、感覚がなくなっていた。でも、私は動かずにじっと前を見ていた。隣に彼がいるのを感じながら。そして、きっと二人はこのままなんだろうと思った。私は彼が大好きだし、たぶん彼も私を好きだと思っているけど、私たちの関係はこのまま変わらないってわかっていた。不思議と悲しくなかった。何かそれもいいと思った。たぶん、きっと彼もそう。
「帰ろか。」
彼が私の顔を見て言った。

 車に戻って彼がエンジンをかけると、さっきまで聞いていた曲が流れた。ヒップホップとジャズの間くらいのインストの曲で、私はゆるくおしゃれな雰囲気が夜のドライブにぴったりだと思っていた。彼がシートベルトをしながら、言った。
「俺、夜に車でこの曲聞くん、めっちゃ好きやねん。」
私は、うれしくて何も言えずににっこり笑った。そして、車は走り出した。私は窓を流れていく琵琶湖の明かりをずっと見ていた。サイドミラーに写る自分の顔があまりにうれしそうでちょっと笑ってしまいそうだったので、そのまま目を閉じた。
posted by カナ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 作文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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